庭蝉

ブログ記事一覧

庭蝉のブログです。日々の作庭活動などを報告します。

職員募集のお知らせ

2017/05/18


 工事量の大幅な増量のため、現場で働ける職員を募集しております。

 経験者は優遇させていただきますが、若干の試用期間は設けさせていただきます。
 また未経験者でもかまいませんので、ご興味のある方は庭蝉ホームページのお問い合わせよりご一報ください。

対象年齢 : 18歳〜35歳
要普通免許
造園や植物、もの創りに興味のある方
この世界で開業したいという目標のある方
1日8000円〜(試用期間あり)


  庭蝉
  西田

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2017/05/10


    初夏の心地よい季節になりました

 皆様いかがおすごしでしたでしょうか・・・?今年に入って初?のブログ更新ですか。。
あっという間です。こんな時、案外心配してくれたりする人もいまして、ブログ更新されてないから、蝉さんの場合作業が猛烈に忙しいか、もしや、、どこぞで倒れているかもしれない。とわざわざ電話までくれた風園の福島君、ありがとう。自覚がなかったかもしれません。倒れる寸でのとこだったかも。。そう思うと感謝の気持ちが湧いてきます。

 厄年、というのはそういう年齢の節目、体力が落ち始めるかもしれない時期、そんな時に世の男たちは案外社会人としての最も充実させるべき時期にも差し掛かる。やられたら負け、飲まれたら負け、そんな自然の摂理の中で過酷に生き抜く自然界の動物たちや植物たちに目耳を傾けながら学び修め日々を過ごしていたら、つい書き込む言葉を失ってしまっていました。


 例えば言葉にするならこんなことを考えていました


 4000年前ってどれくらい前だ?
 私の人生が40年、それの100回繰り返しが4000年でしょう。そんなに昔なのでしょうか?私の住む千葉市若葉区貝塚町には文字通り貝塚が発掘されている。数千年前に私たちの祖先がケモノの毛皮に身を包み、もしくは裸同然の生活の中で日常で出るゴミや貝殻を捨てにきた場所。言葉は交わしていたのか。案外現代に負けず劣らず会話は成立していたのかもしれない。40年が100回繰り返されたくらいの時間軸の中で人類はとてつもない進化をしてきた。しかし同時に動物的感覚を急速に退化させてきた。そしてその慰みに「庭」という精神文化が発展したのは言うまでもない。その関係性を深く考えていくと、私の場合どうしても「古神道」に行き着いてしまうのです。


 樹に登り
 石に触れ
 花実を愛で
 鳥獣魚とコンタクトを計ってみる

 空をあおぎ
 薫る風に
 初夏の充実した息吹を感じながら
 今夏に向けての身体作りに専念する毎日です

     それは田んぼに鳴く蛙なんかとほとんど同じ感覚なんではないか
     それが解らなくなってしまえば生きていけない世界のはずだから

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(今週末まで開催されている「市原アートミックス」
こういう企画とても好きです)


                これだけの文章綴るのになんだかすごい時間がかかった
                毎回言葉足らずで読み手の方々にはご迷惑かもしれませんが。。
                これからもどうぞよろしくお願いいたします   庭蝉
 


もう晩秋ですねー

2016/12/ 4

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今年の紅葉は素晴らしいですね

先日、市川市M様のご指導のもとクリスマスリースを作りました
庭で剪定したブルーアイスの葉をたっぷり使った上品なリースになりました。
M様ありがとうございました!!
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ニワの始まり

2016/10/ 2

 いよいよ10月になりました
 10月は神無月。。。神様が居ない月!?


 いや、そんな事は絶対にありません。なぜなら日本中の各神社のお祭りが一番多いのは10月です。神様いないのにお祭り出来るわけがない!!ということです。神無月の「無」は当て字だそうで本来は「神の月」の意味です。皆様伝承に惑わされないようにしましょう。なんて、自分も惑わされまくっていた1人です。。


 朝晩はすっかり涼しくなりました。置き場のムシたちも良い感じに大合唱をしています。

 先日のブログで匂わせた文言
 「ニワ」の始まりについて。。


 皆さんの考える「庭」の定義とは何でしょうか?
 庭とはどういう場所でしょう。何を意識して庭となるのでしょう。

 同業者に聞いてまわると、「こころの癒し」ですとか「自然を操作して人のために作り上げた場所」「自然の成長や実りを楽しむ場所」とか各々たくさん出てきます。文献を手繰っていくと奈良時代のあたりから殿内の一部に白砂を敷きヒモロギという祭祀施設を建てた場所を「ニワ」と読んでいたという話です。また、古事記にみられる「斎庭の稲穂の神勅」という言葉。これはアマテラスが地上界に稲穂を授けるという神話です。だから奈良時代よりももっと古い話。この「稲穂」に対しての修飾語として「斎庭の(ゆにわの)」という言葉が付いています。「斎(ゆ)」というのは「神聖な」という意味を持っています。つまりは「神聖な庭の」という意味です。「神聖な庭の稲穂」を授ける、とはどういう意味か。。?

 ここで皆様にひとつ考え方をスイッチしていただきたいのです。古代の日本人の価値観や考えに想いを巡らせてください。当時の人々は稲を育てる事で食料が安定し国力を持つことになる。稲を貯蓄することで厳しい冬や不作の年を乗り越えられる。以前の狩猟漁労に頼る生活から食料や栄養の安定が実現することとなる。そうなれば当然のように「稲」そのものに「神聖」を感じていたに違いないのです。その稲を育てる場所として「斎庭」という表記があるとすればそれは「田んぼ」であることに他ならない。先ほど書いた同業者の意見「こころの癒し」、それは古代人からすれば命を繋いでくれる目前の稲穂の実る田んぼの景色は最高のこころの癒しとなったでしょう。日本人が初めて自然を操作し人のために作り、自然の成長や実りを楽しむ場所を作ったとすればそれは田んぼの始まりそのものでしょう。植物を栽培したことなどなかった人々にとってこの稲作という行為はまさに神がかりの神事であり、それに寄り添うことで命を繋いできた血脈が私たちにも受け継がれています。それを冒頭で皆さんにお尋ねした「庭の定義」が古代から現代にいたるまでしっかりと受け継いでいるのです。「庭」という漢字は中国の文字を当てはめているに過ぎませんが、「ニワ」という音にはそういった太古の人の想いの詰まった源泉があるのです。


  ムズカシイ文章で突っ走りましたが
  意味、わかりました。。。?(^^;

 今月は稲の収穫に感謝する月です

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我が家にはなぜか南九州で信仰のある「田んぼの神様」が坐ます
なかなかチャーミングでしょ!?笑


 

植木屋である

2016/09/21

台風の影響が大きい今秋をいかがお過ごしでしょうか


風害 水害 その他各地たくさんの災害が出ているようで、被害を受けることなく日々過ごせている自分の有り難さを実感しながら毎日の営みを楽しむ事が何よりだと感じます。

今回の長期休暇をいただきましてたくさんの学びがあり、私自身の飛躍につながりました。不思議な体感ではありますが、私の想いとは違う力で全てがある方向に進み続けているのだと感じます。それに乗ることで私は飛躍し、充実感を得られるのではないか。


そう思えたきっかけのひとつ

毎度ブログでもうたっている3原色「植木屋 茶の湯 神職」。今回の講習会は神職養成講習会ではありましたが、数多くの授業の中で案外私が「植木屋」であることが良い方向に働いていたようなのです。これはやはり私が常日頃考えていた、現代の植木屋の自然観は古代の人たちの自然観に近いのではないか、という想いが当てはまったものだと思います。動植物やあらゆる自然現象に身を任せていきながら、ある程度の操作をして人間にとって快適な営みを演出する。これは古代の民の考え方です。私の植木屋の師匠の教え、快適な空間を演出することも大事だが、過ぎてはいけない、というのは自然への畏敬の念からきている日本独自の世界観だと思います。

茶の湯の稽古で正座することにも慣れていたためか、朝夕の板の間での正座も1時間くらいは連続で座っていられました。日頃の立ち居振る舞いも稽古の成果が出たのかお誉めの言葉をいただくことができました。


すべてがつながっていくことでひとつになろうとしている

不思議な感覚がスクスクと育ってくれています

 体露金風(たいろきんぷう)

夏を全力で突っ走った人にはこの時期吹いてくる秋風が金の風に感じられる。

 またこの時期タワワに実った黄金色の稲穂の上を吹き抜ける秋風には生米の豊かな香りが混じり、台風はじめあらゆる自然現象に耐えて習熟の時を迎えている稲穂に、またそれを育て進化させてきた日本人の底力にただただ感謝をしています
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やはり「にわ」の語源は「田んぼ」にあるようです
それについては後日詳しく書きます

                       私はあくまで植木屋なのである

                      ということで明日から庭蝉再開です

帰ります

2016/09/17

 昨日 無事に講習会を終え、数日の猶予を頂き来週頭には関東に帰ります

 30日間の集中力というのは中々維持するのは大変で何度も怒られたりドヤされたりもしました

 しかしこの白光の学び舎で受けた恩は私の心の川底の固い固い石にしっかりと刻まれました。こんな素晴らしい世界があるから私はこれからも活き活きとした言動のなかで生きていける。自身を持って世界と闘っていける。


 信仰心

 そういう言葉とは少し違う

 自分の過去を肯定できる力


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 この一ヶ月の充実は価値ある未来へとつながる

 みんなお疲れさまでした!!ありがとうございました!!!

白光の学び舎

2016/08/15

 千葉ではそこそこ過ごしやすい日が
 続いておりますが皆様いかがお過ごしでしょう


 私は明日から伊勢市内の大学の特別講習会にひと月ほど参加してまいります。この機会をラストチャンスと捉え、頑張ってきたいと思います。大変であることは承知なのですが、毎日の清々しさはなんとも言えないものです。

 3年前にブログで書いた光の3原色の話

 赤い光と青い光と緑の光を重ねると白い光になります。白い光とはつまり全能なのです。そして各3色のそれぞれがより鮮明な赤青緑であれば白光はより澄んだ白になります。大学一年の一番最初に習った色彩論の基本が私の人生の基盤になっています。植木屋、茶の湯、神職、、、この3原色がそれぞれ鮮明に光ることにより私の人生がより澄んでくる。そんな気がしています。

この地に生きた古(いにしえ)の民の自然思想。私たち植木屋の起源は鎌倉時代ころの修行僧の造園に始まるという。その後茶の湯の興隆が日本の自然観を文化レベルに高めた。すべて繋がっているのだ。その大もとに根付いている古代の自然思想をじっくりと勉強してまいります。


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 またその間、庭蝉を担ってくれる仲間たち
 イヌネコムスコらを育んでくれる妻と家族
 この機会を与えてくださったすべての方に


 感謝申し上げます
 ありがとう


 

申しあげます

2016/07/31

 暑中のお見舞いをもうしあげます


じりじりと 日増しに気温が上がってきています。今年の夏は異常に熱くなるとか、本当でしょうか。。。ま、庭蝉には関係ない、と思いたいところです。(逃避)


初夏からここまで、怒涛の制作が続きましたが、ようやく終わりが見えてきました。その間、いろんなお施主様から毎日ありがたい水分補給をいただきまして本当に有難かったです。単純な水分だけでない、パワーをいただけた気がしています。まだアップ出来ていないものもありますので順次ご期待くださいませ。


 そして今年の夏のイベントとしては、また伊勢市に赴き神道の勉強をしてまいります。3年前に初めて訪れたその学校では毎日が新しいことばかりでとにかく必死でついて行きました。あれから日本の歴史にハマり、沢山の書も読み、更なる疑問難問が溜まってきたところでまた行く機会が得られました。前回以上にとても楽しみです。

 これは自らが

 進化するための負荷でもあり

 今夏頑張ったご褒美でもあり


 自分が感じることを大事に
 これが本流のあらゆる流れにも押し流されない本物の身体をつくる

 春に伊豆のアマゴが教えてくれた
 美しい自分の命と引き換えに


 だから私はこの夏も全力で乗り切るのだ

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夏のセミ

2016/07/10

 本格的な夏を感じるのは
 やはりセミの声聴いてから

 ないてます。。木更津では。。。
 東京ではまだなんでしょうか。。


 庭蝉設立から13年が経とうとしています。思えばあてもなく「独立」なんてうたって地元をプラプラと徘徊してた時にひたすらに聞こえていた蝉の声が屋号「庭蝉」になったのでした。地道で群れずに独り行動の自分の性格を良く解っていたのか、はたまた年々 蝉のような性格になってきているのか。今夏も庭蝉は絶好調でございます。

 いろいろあともう少し!!

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なんだかノリノリな感じが伝わってきませんか?

収穫

2016/06/16


  もう6月も半ばになっています

  気温はほどよく軽く汗ばむ陽気

  枝葉茂り充実の季を迎えている

 みなさんお元気でしょうか?

またもなかなかブログに手が出せない状況にありました。。書きたいことはたくさんあったのですが。。。そして庭蝉はようやく夏期剪定の時期に入り少しゆとりのある日々に差し掛かっています。6月いっぱいは樹木と呼吸を合わせ「どうしたらその場に良い形に整うか」を考えながらの作業で、それはそれでとても楽しい時間です。


超肉体労働の造園工事と、高いところに登り枝の合間を軽やかに渡る剪定工事。対極的な工事をこなす「植木屋」たちは太らずにパワフルであり続けなくてはいけない。私はどちらかと言えばパワフル派ではなく、軽量コンパクト派ですので造園では毎日ヘトヘト。。剪定時期に少し身体が癒されるのです。休日などはもちろんないのですが、木の中で枝を剪定しているとホッとする。樹上で生活していた猿の仲間の記憶でしょうかね。。(笑)

先日、お施主さまの依頼で梅の実を収穫してほしいと言われ、樹齢40年ちかい梅の老木に登りました。実をポリポリと収穫しながらの充実感は庭の醍醐味の1つです。自分が食べるものを収穫するということ。命の一部を分けてもらうことで自分の命を継続してきた。そして旧石器時代からそれに感謝することを覚えた。


 どうもここのところ超古代史への興味が抑えられずにこんなことばかり考えております。。。(苦笑)いったい何処へ向かっているのか分かりません。でも楽しい。。


 青梅に手をのばす

 あともう少しで届く

 その枝葉のその先に

 澄んだ青空に雲1つ

 この梅のおかげでこんな一瞬の絶景に出会えた
 そう思うと気持ちがとても寛ぐのです


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写真は稲毛の美容室「ラ・クレ」
いよいよ樹々が充実してきて最高の景色を演出しています



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