庭蝉

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雪間の草

2019/02/10


      花をのみ 待つらん人に 山里の 雪間の草の 春をみせばや

 千利休の侘びを表現した句です。

 関東でもようやく雪が降りました。各種交通機関を利用している方々にとってはヒヤヒヤしたかもしれませんが、私たち植木屋は前日にしっかりと養生してしまえば当日はゆっくり家で雪を眺めている、なんて状態だったりしています。私はといいますと、ちょうど茶の湯の稽古日でしたので朝から雪の中を千葉市美浜区のお稽古場に。新聞紙で包まれた2枝のツバキを抱えて。

 途中、和装に着替えるため稽古場近くの実家に寄るその道すがら、小さな公園を通り過ぎる。小さい頃よく遊んだ公園。今では遊具も何もなくなってしまった公園に静かに雪が降っている。私が4歳の時、従兄弟たちとこの公園で遊んでいる光景を当時の8ミリで撮った映像が残っていて、先日ちょうど両親、親戚の叔父、叔母、私のパートナーと懐かしく見ていたところで、目の前の公園の景色に幼い私の映像が重なりしばらく立ち留ってしまう。マイペースで健気に遊んでいる姿。従兄弟の兄貴たちに可愛がられている姿。。そして私の息子も今同じ4歳。未だ言葉をうまく使えない息子には、少し遅れている部分もあるけれど平和主義のマイペースは実のところ私に似たのかもしれなかった。他の子と比べても明らかに言葉の遅れが見え始めた時期から、息子が急に流暢に会話をし始める夢を何度も見た。嬉しくて涙がつたっている自分に気づき目が覚めるのだった。母親の献身的な努力、そしてなにより本人の成長しようという意志から近ごろようやく少しずつ会話が生まれ始めている様子に私は只ただ一喜一憂で、それも彼がくれた最高のプレゼントに違いなかった。
 サラサラと舞落ち続ける雪の粒にふと我に返り再び歩き始める。雪の中の静寂がとても非現実的で頭の中の半分がいつまでも古い幼い記憶と息子との楽しかった記憶とを彷徨っていた。
 実家に着き鍵を開ける。両親ともに小淵沢の終の住処に行っていて留守である。2階の着物箪笥を物色し、栗色の牛首紬のアンサンブルに松葉色の袴を合わせてみる。私が茶道の稽古に通い始めた時期、母は少し興奮気味に私を紬の反物屋に連れて行ってくれた。そこでこのアンサンブルと袴を仕立ててくれたのだった。帯は博多織の上品な鼠色。主人が生前使用していたものだけど良かったら使って、とパートナーのお母様がくださったもの。締めるとグッと身体と一体になるような上質な感覚がある。これらを身に纏うだけでも、私は1人ではない、と皆々に支えられて生きていることに感謝が沸き滔々と全身を流れてくるのだった。
 実家から歩いて3分ほどのお稽古場の門戸前の歩道には他の生徒さんたちの歩いた跡も判らないくらいの雪が重なり積もっている。今日私は1時間ほどの遅刻なのである。玄関を抜け水屋を通ると、奥の茶室内の賑やかな暖かい空気が伝わりホッとする。身支度を整え膝をずって茶室に入りご挨拶。そして前日に仕事場で拝借したツバキの蕾み2枝「初嵐」と「おとめ椿」を持ってきた旨を先生に伝えると大いに喜んで床の間の花入れのツバキと入れ替えてくださった。姉弟子に、これからお薄を点てますからどうぞ召し上がって、と促され早速連客の座に腰をおろすと、雪見障子越しに白銀の露地庭が伺える。いただいた一服のお茶。今日の道中のすべてが凝縮されたような一杯。床には一幅の軸「一期一会」が掛けられていて、その下の花器には初嵐の美味しそうにぽってりとした蕾から、覗けば少しの黄色い花糸を見せている。来て良かった。それは今まで生きてきて良かったという甚だ大げさな表現さえ思わせるくらいのものだった。出された主菓子はきんとん製で「雪間」という銘が付いていた。

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       和やかで取り留めのない会話は続き

       雪の合間に休みをとった植木屋には

       一期一会の贅沢な時間となりました