庭蝉

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冬至 樹上の妄想 日が短いから早くやれの巻

2013/12/22

                 少し書き込みが空いてしまいました

                 挨拶代わりに寒い寒いと言いつつも

                 昼休みには日向の芝に大の字で昼寝

                   まだ冬は始まったばかり、

                  小春日和も楽しめる季節です。

                    そして今日は冬至

                お客様にいただいたユズが大変有り難く


 あいかわらずの年末剪定に各地お客様の庭を廻っているわけですが、毎年毎年たくさんの発見、気づきがあります。去年の自分が出したパスをどう受けるか。また、去年の自分がイメージしたものより変化をつけて方向性を変えて行こう、とか。お客様との相談の上で庭木は年々進化していきます。そして正直な話、私自身の剪定技術にも浮き沈みがあります。。。もっと良くしてやれたはずなのに、という時もタマにはあります(恥。。。)しかし毎年同じ樹木に登っているとそんな失敗はほとんど無くなってくる。これは私がその樹を理解できてきたと思うのと同時に、その樹が私に慣れてくれたとも思う。樹齢の経った大樹には、象の足を撫でるように幹を触ります。良い枝を伸ばしてくれた。。。ありがとうって。

                      そんな時

                    樹が私を感じている

                    あ、知ってるヒトだ

                   枝切られるから痛いけど

                   このヒトはイイヒトだ


 なんて具合に感じてくれている気がすると、休憩中も樹の上で居てみたりする。
 
 猫や犬と同じ様に、私の内面をこの樹々は感じている。受け入れている。
 「何が」「何を」というものは無いけどただ、うん、と頷きたくなる肯定がそこにはあるのだ。


  神道の基本理念は「浄明正直」だという
 「きよく あかく ただしく なおく」だそうです
  ただそれだけ、誰にでもできることです
  シンプルでそして自由です

  きよく あかく なおく
  これは「自然」であること
  それは動植物の意思に近いと思うのです
  それに人間としてのモラル「ただしく」が加えられている

 樹の上で、ふとそんなことが廻った。
 夕日がもうすぐ沈む。これをただ、うん、と頷けるかどうか。
 どうも植木屋の修行は神職の修行でもありそうだ。
 

 樹上の妄想さらに続く。。。
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