庭蝉

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ニワの始まり

2016/10/ 2

 いよいよ10月になりました
 10月は神無月。。。神様が居ない月!?


 いや、そんな事は絶対にありません。なぜなら日本中の各神社のお祭りが一番多いのは10月です。神様いないのにお祭り出来るわけがない!!ということです。神無月の「無」は当て字だそうで本来は「神の月」の意味です。皆様伝承に惑わされないようにしましょう。なんて、自分も惑わされまくっていた1人です。。


 朝晩はすっかり涼しくなりました。置き場のムシたちも良い感じに大合唱をしています。

 先日のブログで匂わせた文言
 「ニワ」の始まりについて。。


 皆さんの考える「庭」の定義とは何でしょうか?
 庭とはどういう場所でしょう。何を意識して庭となるのでしょう。

 同業者に聞いてまわると、「こころの癒し」ですとか「自然を操作して人のために作り上げた場所」「自然の成長や実りを楽しむ場所」とか各々たくさん出てきます。文献を手繰っていくと奈良時代のあたりから殿内の一部に白砂を敷きヒモロギという祭祀施設を建てた場所を「ニワ」と読んでいたという話です。また、古事記にみられる「斎庭の稲穂の神勅」という言葉。これはアマテラスが地上界に稲穂を授けるという神話です。だから奈良時代よりももっと古い話。この「稲穂」に対しての修飾語として「斎庭の(ゆにわの)」という言葉が付いています。「斎(ゆ)」というのは「神聖な」という意味を持っています。つまりは「神聖な庭の」という意味です。「神聖な庭の稲穂」を授ける、とはどういう意味か。。?

 ここで皆様にひとつ考え方をスイッチしていただきたいのです。古代の日本人の価値観や考えに想いを巡らせてください。当時の人々は稲を育てる事で食料が安定し国力を持つことになる。稲を貯蓄することで厳しい冬や不作の年を乗り越えられる。以前の狩猟漁労に頼る生活から食料や栄養の安定が実現することとなる。そうなれば当然のように「稲」そのものに「神聖」を感じていたに違いないのです。その稲を育てる場所として「斎庭」という表記があるとすればそれは「田んぼ」であることに他ならない。先ほど書いた同業者の意見「こころの癒し」、それは古代人からすれば命を繋いでくれる目前の稲穂の実る田んぼの景色は最高のこころの癒しとなったでしょう。日本人が初めて自然を操作し人のために作り、自然の成長や実りを楽しむ場所を作ったとすればそれは田んぼの始まりそのものでしょう。植物を栽培したことなどなかった人々にとってこの稲作という行為はまさに神がかりの神事であり、それに寄り添うことで命を繋いできた血脈が私たちにも受け継がれています。それを冒頭で皆さんにお尋ねした「庭の定義」が古代から現代にいたるまでしっかりと受け継いでいるのです。「庭」という漢字は中国の文字を当てはめているに過ぎませんが、「ニワ」という音にはそういった太古の人の想いの詰まった源泉があるのです。


  ムズカシイ文章で突っ走りましたが
  意味、わかりました。。。?(^^;

 今月は稲の収穫に感謝する月です

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我が家にはなぜか南九州で信仰のある「田んぼの神様」が坐ます
なかなかチャーミングでしょ!?笑