庭蝉

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リード文

良いお年をお迎えください

2017/12/31

   なんとか年内の作業を終わらせることができました
   今日を無事に滞りなく迎え、数日ではありますが
   日本人らしく粛々と年始を祝いたいと思っております


 思えば例年になく慌ただしく始まった2017年でした。下総国一宮での神務実習が1月にスタートし、4月までは植木屋と神社とが半々くらいの生活でした。5月には茶の湯のお師匠様の傘寿を祝う茶会もありました。しかし造園工事のペースは例年通りでこなしましたのでブログの更新も侭ならなくなってしまい、皆さまにはご心配をおかけいたしました。そんな時にお客様や同業から「最近更新されていないからどうしたのかと思って。。。」なんて言われ案外多くの方々が私のHPを見てくださっていることに気づかされ有難さを痛感したりもしました。また、今年も一緒に作業をこなしてくれた職人の皆さまには本当に頭が上がりません。ありがとうございました。

 今年も一年 大変にお世話になりました
 庭蝉はなんと今 15年目に突入しております


  五里霧中

      ひたすらに歩みを進めているのか
      ただここに留まり続けているのか


 もうワケが解らなくなっているところに少しずつ道がみえてくる


      造園も茶の湯も神職も
      生きかたという学の道
       私のからだの中で
   少しずつ真ん中に集まり始めている

         そんな草花の受粉のような感覚があるのです

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 どうか良いおとしをお迎えください
 庭蝉年始の始動は正月8日からの予定でおります


照り葉窓

2017/12/ 8

   今年の紅葉は
   千葉が一番きれいだったかもしれない。。。


 と、思っている千葉の植木屋さんは多いと思う


とにかくきれいだったのが君津市のお宅でした。

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室内からの景色はまるで長谷川等伯の日本画のようです。
こんな時期が一年のうちで10日ほど訪れる。それだけで一年中が幸せに包まれる様な、そんな仕事ができた気がしています。
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 暮れの忙しなさが交通にも出始める時期です。カゼなどを引かれませんよう年の瀬をお迎えください。


年内もう一度くらいブログ更新したいな、と思っております。

ではでは


いちねんご

2017/09/12


 お久しぶりでございます
 庭蝉でございます


 って、なんか間が空き過ぎて始め方がわからなくなりますね。。。^^;)
 またまたブログ更新が滞ってしまいましたが、何事もなかったかのように進めます。


 今年は植木屋としてはとても過ごしやすい夏でした。北海道で仕事した数年前を思い出します。それくらい清々しい日々の中、もうすぐ中秋だというのに怒涛の作業に追われていますが、やはり1つ1つの要望や難題に全力で取り組むことが本当に大事だと思っていますので多少の工期順延、着工日の延期はご了承を。。。今後ともよろしくお願いをいたします。

 あくまでこういった事を公言してまで皆様にご理解を求めるのにはこんな写真

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昨年の秋に施工させていただいたお庭です。
お施主さまが大事に愛でてくださった一年間を庭の樹木草、板や石が蓄積しているのがわかるのです。
もうすでにこの庭は私の作品ではなくお施主さまの作品になりつつある。私にとりまして施工後一年目とはそんな寂しくもありがたい時期です。

また別地ではこんな写真

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昨年植えたハーブがモリモリで
皆さんが大事にしているから生き物や素材がイキイキしている
もう私が植えた、持ってきてそこに据えた、そのときの彼らとはベツジンの凛々しさを感じます

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今週末、昨年施工のお宅にまた行きます

難問をのりこえながら作ることは決してわるいことではない

そうおもうから時間をかける 底つくまで悩む

過去に悩んだ場所で置いてきたものたちが教えてくれる
間違ってなかったという自信と
それに付随するあきらめに似た自己肯定

とにかくお施主さまが心から喜んでくれるのがいちばんいい

それは庭蝉を始動した わたしの人生にとっても

2017/05/10


    初夏の心地よい季節になりました

 皆様いかがおすごしでしたでしょうか・・・?今年に入って初?のブログ更新ですか。。
あっという間です。こんな時、案外心配してくれたりする人もいまして、ブログ更新されてないから、蝉さんの場合作業が猛烈に忙しいか、もしや、、どこぞで倒れているかもしれない。とわざわざ電話までくれた風園の福島君、ありがとう。自覚がなかったかもしれません。倒れる寸でのとこだったかも。。そう思うと感謝の気持ちが湧いてきます。

 厄年、というのはそういう年齢の節目、体力が落ち始めるかもしれない時期、そんな時に世の男たちは案外社会人としての最も充実させるべき時期にも差し掛かる。やられたら負け、飲まれたら負け、そんな自然の摂理の中で過酷に生き抜く自然界の動物たちや植物たちに目耳を傾けながら学び修め日々を過ごしていたら、つい書き込む言葉を失ってしまっていました。


 例えば言葉にするならこんなことを考えていました


 4000年前ってどれくらい前だ?
 私の人生が40年、それの100回繰り返しが4000年でしょう。そんなに昔なのでしょうか?私の住む千葉市若葉区貝塚町には文字通り貝塚が発掘されている。数千年前に私たちの祖先がケモノの毛皮に身を包み、もしくは裸同然の生活の中で日常で出るゴミや貝殻を捨てにきた場所。言葉は交わしていたのか。案外現代に負けず劣らず会話は成立していたのかもしれない。40年が100回繰り返されたくらいの時間軸の中で人類はとてつもない進化をしてきた。しかし同時に動物的感覚を急速に退化させてきた。そしてその慰みに「庭」という精神文化が発展したのは言うまでもない。その関係性を深く考えていくと、私の場合どうしても「古神道」に行き着いてしまうのです。


 樹に登り
 石に触れ
 花実を愛で
 鳥獣魚とコンタクトを計ってみる

 空をあおぎ
 薫る風に
 初夏の充実した息吹を感じながら
 今夏に向けての身体作りに専念する毎日です

     それは田んぼに鳴く蛙なんかとほとんど同じ感覚なんではないか
     それが解らなくなってしまえば生きていけない世界のはずだから

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(今週末まで開催されている「市原アートミックス」
こういう企画とても好きです)


                これだけの文章綴るのになんだかすごい時間がかかった
                毎回言葉足らずで読み手の方々にはご迷惑かもしれませんが。。
                これからもどうぞよろしくお願いいたします   庭蝉
 



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