庭蝉

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天災からのその先に

2019/09/30

  森がガレていた。木更津のお客様に呼ばれ館山道を南下していた道中、通り過ぎる森の葉全てが茶色がかって、幹はむき出しになり枝は折れてぶら下がっているものや電線に絡まっているものが沢山見えていた。9月9日の未明に関東に上陸した台風15号は房総半島南部に甚大な被害をもたらした。私が木更津に呼ばれたのも施工した木製アーチが傾いてしまったからだった。こんなガレた森を抜ける道路ではアクセルをしっかり踏み込めないでいる自分に気づく。物言わぬ樹木たちが悲鳴をあげているように思えてならないのだ。回復の速さを考えると荒れた森に一番に生命力をみせるのは竹だろう。こうしてまた竹に荒らされた森が一気に増加するのかもしれないなどとと考えていると気が滅入ってくる。竹だって立派な命であることは変わらないのに。

 神奈川県在住の先輩から珍しく連絡が来たかと思うと、上総の保育園からの倒木伐採依頼だった。写真を送ってもらうと、幹の直径が7〜80センチにはなろうかというスギの大木が隣の樹に大きくもたれ掛かっていた。保育園は9日以降今もまだ休園中だという。お役に立ちたい思いだけでは仕方ないのだが、実際役に立てる規模ではなかった。お詫びの電話をしながら空しい気持ちが付いてまわった。

。。。。。。。。。。。。。。。。。

 災害と言ってしまえばそれまでではありますが、いにしえびと達はこんな時に祭事を行い逆らうことなく受け流してきました。この日本は元来気候に左右されながら、その猛威や恵みに畏れ敬い寄り添ってきた歴史があります。台風が去る、という発想は近代になってからです。中世以前、天災は祟りや天の怒り。もし日頃の行いに少しでも罪悪感があるのならば、それを謝罪し改める。どうしようもない事であれば、お祭り事をしてケガレを払う。そんなことで気持ちの整理をしてきました。中世以前は言わずとしれた精神文化社会なのです。だから災害が来る度に人々は心を清め続けてきた。自然が祟れば自分たちに非があると考えた。だから日本人は「心が澄んだ民族」であると言われてきたのです。しかし現代は文化文明が半ば暴走をしている状態で「気持ちを鎮める」ということが、防波堤をつくるとか、頑強な家に住むとか、、、これらは人知の範囲内だけでの鎮魂にほかならない。もっともっとこの世の中は大きなスケールで動いていることを感じる機会にしていけないのだろうか。


   私たち植木屋が今、最も危惧していること。


 それは「この樹は倒れたら危ないから切ってしまおう」「電線の近くの樹は根こそぎ全部切ってしまおう」「倒れると怖いから庭に樹を植えるのはやめよう」という発想が蔓延することです。これは私の作った庭だけでしか言えませんが、それは間違いです。過去に庭蝉で植えた樹木でその後私が定期的に剪定をしている樹木は一本も倒れませんでした。枝を抜いているので風が抜けるのと、枝先を柔らかく仕立てるので枝が薙ぐのです。支柱などほとんどしていない樹々なのです。もし支柱をしていたらそこから折れていたでしょう。枝の成長を抑えながら根の力でしっかり自立させる。そうすれば自然樹形の庭木は強いです。しかも私の勝手なイメージかも知れませんが、剪定は出来るだけその樹に足を掛けて、幹を掴んで登り枝先を落とすことで樹々はそれに耐えうる力をつけると思っています。彼らにだって絶対に意志があるのですから。

 残念ながら私の奉仕先の蘇我ヒメ神社でも倒木がありました。責任総代に呼ばれ神社に行ってみると境内裏のヒマラヤスギが傾いているのだ。そこで依頼を受け、内容的にはオーバーワークでありながらこのヒマラヤスギを伐採することに。。。普段たまに借りる12Mクラス(電柱の上程度)の高所作業車では半分も届かない。そこで27Mクラスの4t高所作業車を借りて作業をする。その伐採前に一度、樹木のてっぺんからの撮影をしました。見てください。

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千葉市中央区から隣の市原市までが見渡せる絶景です。つまりここら一帯では断トツの高さを誇っていた樹木なのです。おそらく千葉市中央区で一番高さのある木だったことでしょう。しかしだからこその風害に遭ってしまった。この木があの日、必死に倒れまいと踏ん張っていたことを想うととてもとても胸が痛む。人間の身勝手な采配で、物言わぬ命が処理される。それが大切な神社の木であり、それを私の手で断つという事。私たち植木屋は木を植える事が本分でありながら、木を伐採する事も同じくらい多くある仕事です。そんな命を操作する罪深い仕事でありながらも、少しでも人々に植物や自然の良さを理解してもらいたいという想いは皆が持っています。

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 そして上の写真を見てください。これは神社の反対側に振りかえり同じ高度から撮影したもの。近隣エリアは完全な住宅地に覆われて目立った緑はほとんどないのです。ほんの50年前までここは全くの田園風景が広がっていたエリアだったそうですが、今回の台風でこの唯一の緑地である蘇我ヒメ神社の古木たちが「危ない」というレッテルを付けられてしまった。。

 なんとかならないか。。

 作業を開始して伐採を進めながらも私自身は下で作業を見守る。近隣住民や地主の方々が集まってくる。そこで私の見解を正直に実直に皆に伝える事に専念した。今書いたことの他にも、これからの都市での鎮守の杜の在り方や有難さを伝え理解を深めた。実際に凄い剣幕で話しかけてきた地主の方も話し込むうちに徐々に神社の良さを語りだしてくれたり、昔話で盛り上がり、この神社でよく遊んだ話をしてくれたり。皆が神様という価値を否定しているワケではない。神社と近隣の新しい関わり方が生まれる時期なのだ。そういったところで落ち着いた。地域の唯一の誇れる高木古木群生地であるこの神社に関わる植木屋としての、身の引き締まる想いがしたのは言うまでもない。ただ森を深めていくだけではなくちゃんとした管理をすることにより地域住民にも被害のない森をつくる事が必要で、それは庭作りと同じ発想に起因するものです。

 そうしている間に作業員がヒマラヤスギの先端を切り詰めていく。気がつけば総代や地主が感慨に耽りながら伐採を見上げている。

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この大きさの木に触れるというだけで私たちは何かしらの力をもらっている。

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こんな杜があることを私たちは誇りに想いたい。

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境内にある過去に被雷して曲がっているケヤキの巨木。
太古より日本では自然の猛威を目の当たりにすることがあったのだ。

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異常気象とかそういうものの影響というよりも
我々の自然との向き合い方が変わってきている事の方が深刻だと思えるのだ。

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最後に。。。。。深刻な内容に水をさすようになりますが、最後の巨木の写真。。。
これは実は対照的にミニマルな盆栽です。同時期にお客様から引き取った真柏(しんぱく)。
石着きの堂々たる存在感は写真で全く見劣りしませんよね。
ということで最後にヒッカケ写真でした(笑)

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                     大きいモノの命 

                     小さきモノの命


                   携えることの嬉しさ有難さ


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 この神輿渡御の向こうに見えるヒマラヤスギの大木は来年の渡御にはもう存在しない


秋の蝉

2019/08/30

      秋のせみ 打ちみだれ鳴く 夕やまの木陰に立てば雲の行く見ゆ
      樹の間隠れ 見をれば阿蘇野の青けむり かすかに消えぬ秋の遠そら

 この季節、お稽古場の床間に毎年掛かる横幅のお軸。変体仮名を馴染みやすいかたちで織りまぜて実に柔らかい調子で描かれているのです。打ちみだれ鳴いている蝉はツクツクホウシだろう。今くらいの季節に勢いついてくる蝉です。私もよく仕事帰りに置き場の庭でゆっくりする時があります。夏の疲れが、心地よく涼やかな夕間詰めの森を抜ける風に晒され癒されるのです。場所こそ阿蘇野ではありませんが、ぼーっと眺めている景色には上記の詩のような世界が広がっているのです。

 茶の湯の世界では掛軸や菓子、着物の柄など、そのすべてに日本の季節や風土が表現されています。しかし現代社会では ー特に若い世代の方たちなどはー その気候風土がいかなるものかあまり知らない。それは都心に住んでいるからあまり動植物が身近にないから。。。。。ではないんです。

 私もよく都心には行きますが、ツクツクホウシは打ちみだれ鳴いているし、コオロギの仲間のカネタタキやキリギリスなど秋の夜虫たちもよく鳴いています。スズメやヒヨドリは勿論のこと、シジュウカラやメジロ、世界最小キツツキのコゲラだって街路樹のトウカエデを突ついていたりします。先日は神楽坂の牛込橋の上空で数羽のカラスとオオタカがやり合っていました。ビルの合間をただ歩いているだけでは判りにくいですが、そんな景色にだって大自然の一部はあります。私にとって茶の湯とは、そんなことを教えてくれた学びの世界です。植木屋としての知識(鳥や虫の名前や季節の変化)をおもしろく使えるのがまた愉しい。。神職の世界も然り、植木屋としての経験(動植物との会話や自然の強さ儚さ)をより実践的に地域の方々に伝えられるのではないか。。


 冒頭からずっと何を言いたいか

 いま、ブラジルアマゾンで史上最悪の森林火災が広がっている、というニュースを毎日のように耳にします。アマゾンは世界の植物の20%が生息しているからその森が減っているのは地球にとって大損害である、と各局が鼻をふくらませて喚いている。しかしその20%という割合に高めたのは紛れもなく先進国の人たちではないですか。もっと世界中が森や自然を大切に大事にしていたら。もっと材木の生産性を考えながら途上国をサポートできていたら。世界中に大きな森が増えブラジルのアマゾンのパーセンテージは減ります。毎年年間で四国と同じくらいの面積の森が無くなっていると言います。そしてそれには目の前の街路樹や庭の樹木は含まれていません。それらも含めるともっと樹木面積は減少しているのでしょう。


 目の前の植物、樹木一本虫一匹、それらがそのまま自然に繋がる

 日本の精神文化をより大事にすること より深く理解をすること

 それが 森林問題にも確実に効果があるように思っているのです

 

 話はかわりまして

 先日息子と実家近くの森林公園を歩いた。

 海岸沿いの埋め立て地で幼少期を過ごした私の記憶では、この地域は毎日風が強かったのを良くおぼえている。それは海からくる潮風で、身体に纏わりつき自転車などの鉄製品はたちまちに錆び付いていた。朝は丘から海に吹き、夕方は海から丘に吹いていた。丘の向こう5キロ先の高校に自転車で通っていた私は行きも帰りも日々向かい風でペダル漕ぎだったのだ。顔に当たってくる砂粒に目を細めながらの疾走の毎日だった。

 その後大学、社会人を経て、25歳で地元で独立開業するために実家に戻ってきたときに一番驚いたのが、風があまり吹いていないことだった。そして植木屋としての数年の学びが私の地元の見方を大きく変えた。30年前に埋め立て開発とともに海岸沿いに列植されていたのはマツやシイノキで、それらは防風林や防砂林として植樹され30年、ようやく防風林帯として機能しているのだった。

 いまでは樹齢50年の松林は、人工林ではありながら立派に大自然の様相を呈している。これが私の故郷の景色であり、息子にもこの景色を愉しい記憶として留めてもらいたいのだ。


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いま松林を抜ける風はここちよく、シャラシャラと松葉の葉ずれの音を連れていた
これを茶の湯では釜の湯の煮え始めの音に似ているとして、「松風」というのです

 

残暑見舞いを申しあげます

2019/08/13


 長柄町での連日作業は今夏の暑さを身体に刻む

 千城台の現場は一時的に休みをいただいている

 今出来る事を1つずつ、と考えているとあっという間に来春までの予定が埋まってしまった。トラックで資材置き場までの帰り道、切れる事ない一定の緊張感を噛みしめていた。こういう時こそ怪我や病気には万全の注意を払いたいのだ。9年前の夏に、私は大怪我をしてしまった。沢山の人達に迷惑をかけたし、沢山の人達に助けられた。


 置き場に着いてもまだ昼の暑さが尾を引いていた。片付けをし明日の荷造りを終えたが、家に帰る前に一息入れようと芝生の庭の椅子に腰掛けた。廻りではヒグラシとアブラゼミが午後のひと時を謳歌している。空には巻雲がうねりながら近づいてくる。空の景色はもう秋のそれに近づいているが8月の午後6時はまだ明るい。高いところでツバメが滑空していく。ふと、植栽帯の中で動く気配。よく見ると1枚だけ枯れたロウバイの葉が風に揺れているだけだった。根元を虫に齧られて宙ぶらりんなのだ。しかし私の目にはその黄色い葉が一番元気に映った。皮1枚で繋がっている分風での揺れは大きい。少しの間深く呼吸をしてから蚊取線香に火をつけ、「johnnyM」を流してみた。ハウスの電子的なビート音に蝉たちの合唱が余計に際立ってくる。読みかけの小説をひらいたが、あまり頭に入ってこないくらいに音で気持ちが満たされてくる。汗でべとついた体を帰ってシャワーで流したい。しかしこのまま椅子に座っている脱力感に勝てないでいる時間。

 気がつけば小説が読めないくらいに辺りは暗くなっていた。ヒグラシは少し静かになり遠くでアブラゼミが僅かに鳴いているのが聞こえる。これくらいになると空気も涼しくなりようやく帰路へとからだが動ける様になる。もう7時を過ぎていた。立ち上がり振りかえり北西の空を仰げば、積雲の群れが皆 西を向いていた。強烈な西陽を受けてそう見えるのだった。


       夏休みと称して どこかへ出かけるより

       こんな普通の夏の毎日を満喫している

       休息は必要だが 休日は要らないのだ

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                         暑さに耐える 立ち向かう 逃げる

                         みなさまどうかご自愛くださいませ

                                      庭蝉


職員募集のお知らせ

2019/06/15


   庭蝉では、現場で働ける職員を募集しております。

経験者は優遇させていただきますが、若干の試用期間は設けさせていただきます。
また未経験者でも勿論かまいませんので、ご興味のある方は庭蝉ホームページのお問い合わせよりご一報ください。


対象年齢 : 15歳〜60歳
要普通免許
造園や植物、もの創りに興味のある方
この世界で開業したいという目標のある方
健康維持をしたい方

 日当 10000円〜/1日  (試用期間あり)


  庭蝉
  西田


私たち植木屋は こんなドクダミの群生を根こそぎ抜き取ることにその本分を自覚するのが仕事
しかしここまで可愛く楽しそうに満開だと とりあえず写真に収めてから作業に掛かるのが現実

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2019/06/10

         梅雨ですから雨は当然降ります

         その中をどう過ごすかで植木屋の実力がわかる


 とか言うひともいます。雨だから軒下で明日の準備、仕込み、事務所仕事や整理整頓。出来る事をこなすひと。今日は休みだな、と家でゴロゴロしているひと。


 私は、、、そう、もちろん後者(恥。。)です。普段はどんな仕事でも一定の緊張感の中での作業が続いている。それは「良いモノをつくる」という絶対失敗できない緊張感だったり、怪我や事故からのリスク管理の緊張感だったりします。それは現場が一段落でもしない限りは夜の睡眠中も止まる事なく続くものです。しかし今日くらいの土砂ぶりの雨の音が聞こえるとその緊張感から開放され身体の芯からリラックスする時間が訪れ疲れが取れるのです。

 なんて言い訳を並べてみたり。。。

  話は変わりまして

 今は樹木剪定の良季ということで年間管理の剪定廻りをしています。10年を越える管理をしている庭では樹木の枝振りはかなり見事になってきていて毎度その樹々に足を掛けて登る度に嬉しくなります。「良い樹になってくれた」と。樹木からすれば、剪定作業というのはせっかく伸ばした枝を切られるわけだから、決して良い事ではない。しかし毎年切られてしまう枝を毎年伸ばし続けるほど樹木たちもバカではない。切られない枝を的確に教えてあげれば、年々と理解してくれる気がするのだ。それを毎年違う人が剪定して毎年違う枝を残されたら樹木もパニックになる。枝が荒れるのではないか。

 修行時代、親方が言っていた「俺の枝を切るな」と。親方がその樹と会話している。手なずけ始めている。そんな風に感じたものです。そして親方のような、一壁超えたレベルの方々はこの「樹木の手なずけ」を一瞬でやれてしまうのです。私の様に年月を費やさずに実にあっさりと。。例えるなら、動物を扱う仕事をしている動物園の飼育員や獣医師たちは一定の緊張感を持って動物たちと接している。その中でもやはり咬まれてしまったり吠えられてしまったりする。しかしその中でも「あの人はいつも吠えられない」「動物たちの懐に入り手なずけるのがはやい」という人がいるそうです。それに近いものだと思っています。動物はもちろん、植物だって生き物ですから意志を持つのです。


          そんなまだまだ未熟な私でも月日を重ねた良い枝をつくる事ができている
          出来損ないの飼育員でも一緒に成長してくれる庭の樹々に感謝が溢れます

 十数年前に大きなシダレモミジに出会った

 大木ではあったが その時苦しそうだと感じ

 のびのびと枝を伸ばしてあげようと思った


  今では

  涼やかな峰より落ちる白糸の滝のような あるいは雷雲から怒号とともに落ちる稲光のような
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実に美しい空間を作り上げている。
しかしこの絶景を知っているのは私だけなのかもしれない。

そんな、住人はそこまで意識はしていないかもしれないときがあります。

                     それは とてもさみしいことなのか
                     いや 贅沢なことなのかも知れない

                     こんな
                     人知を越えたところにある緊張感に
                     いつもワクワクしながらの作業です

                     雨の日現場に行って出会った絶景に
                     息を殺してシャッターを切っていた

              要するに本日は雨でも現場作業でした、、ということです。
                      晴耕雨読とは、まだまだ先の話ですな〜。


         

雨ふらず 夕日にふける トマトかな

2019/06/ 8


    朝の天気予報は虚しく外れ午後の雷雨は来ず 夕方ゆとりがとれた

    バルコニーで育てているミニトマトは順調に成長しているようだ

    最近ハマってるウイスキーのハーブティー割りで小説を読む時間


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      晴耕雨読

   イヤイヤ、、今日は雨が降らなかったからスケジュール失敗で読書タイムが取れたのか(笑)


 ありがたくも忙しい毎日の中でこんなひと時の耽る時間
 それは私の中で絶滅危惧種に分類されているようなもの


 守っていきたい貴重な資源でもあります


  陽の落ちる瞬間 雨雲になりきれず去来する白雲の下から今日はじめて太陽が顔を出したのだ

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                               わずかな陽の温もりをつれて


 自然と共存しながらということ

 それはいつも

 刻々変化していく空模様と向き合いながら
 飛びかう鳥たちの声に耳をそばだてながら 
 寄り添ってくる虫たちと目を合わせながら

 


平成のおわりに

2019/04/26

    過ごしやすい日和が続いております

    いかがおすごしでしょうか


 サクラが終わればフジが、ボタンが、ツツジがアヤメが。。。温暖化の影響もあるのかこの時期の草花は怒涛のごとくの変化を魅せてくれます。平成から令和に改元するこの晩春も、なんら変わる事なく連綿と続いていく季節の移ろいに、浮き足立ちがちな気分もふと我にかえるのです。

 去る4月1日。
私はこの「令和」という音と形の品の良さに魂が奮えました。これからの時代をまさに象徴するような素晴らしいことば。そして現皇太子殿下ご家族の時代が来るのだという、大きな堰が切られる寸前の今を生きている事に感謝と感動を隠せずにおります。


     話は少し堅苦しくなるかもしれません

 日本人は昔から血族をとても大事にしてきました。世界的に見ても姓を頭に名乗る民族は少ないのです。血族や家風を重んじ、一族が平穏に暮らせているのは代々のご先祖様が切磋琢磨した事に寄る実りや恩恵をあずかっているからだと考えているのです。そしてその積み重ねを続ける事で代々の霊威(れいい)を纏う、という精霊信仰が古代より根付いてきました。例えば昨年2月に私の所属する表千家流茶道のお家元の代替わりがありました。新しく16代の当主になられた猶有斎様は代替わり前まで「大丈夫かな、なんか貫禄が足りない。。」などと囁かれていた部分がありました。しかし代替わりをなされて1ヶ月、2ヶ月、、見る見るうちにお家元の風格を纏ってきたのです。これは一般家庭でもよくある事で、気づくと親父よりも長男が威厳を持ってきた、なんて事があるわけです。これはまさにその家の霊威が父親から長男へ移った瞬間です。

 この日本において、その霊威の最も大きなと言いますか、貴いと言いますか、計り知れない力を備えているのが天皇家の霊威、血脈なのです。

 みなさま ぜひ改元の5月1日やその前後の今上天皇陛下や皇太子殿下の参加なされる幾つかの儀式やその振る舞い立ち姿を目に焼き付けて頂きたい。彼らの霊威は私たち日本人にも深く恩恵をもたらすものです。そして令和の天皇陛下になられる皇太子殿下には増々の霊威を纏う瞬間を目の当たりにできることでしょう。


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                 だって ネコにだってこんなに霊威があるんですから


ムスヒノカミ

2019/02/28

      暖かい日が時おり訪れますがまだまだ春寒の季節です
      お変わりなくお過ごしでしょうか

 落葉樹の枝先ではもう新芽の準備が進んでいます。例えば遠くの落葉樹林の山の端などを眺めますと先月よりも明らかに茶の色が濃い。それは静謐な終わりの後の、うごめく始まりの準備とでも言いますか、ここに古代の民たちはとても神聖なエネルギーを感じていました。昨年のブログで少し触れました「ムスヒ」の神様がそれにあたります。昨年詳しくご説明できなかったので遅ればせながら列記させていただいて。。。(ウマく説明できているかは微妙です。。)

 日本の古代文献の神話にはじまる神々の系譜によりますと、先ず初めに「天御中主神-アメノミナカヌシ」という神が存在する。この神様はこの最初の登場のみでその後ほとんど名前は出てきません。私が思うに、アメノミナカヌシはこの宇宙空間そのものなのではないかと勝手に解釈していますが、その後に「高御産巣日神-タカミムスヒノカミ」「神産巣日神-カミムスヒノカミ」が産まれます。これら2柱(神様の数えかたは1柱ヒトハシラ、2柱フタハシラ)のムスヒ神は「0から1」を興す神様です。この2柱の神が居なくては「生まれる」ということ自体が理解されないのです。これは種や卵がそこにあったとしてもムスヒノカミの力なくしては発芽や卵からの出生は興らないというものです。つまり万物の生成の起点にはいつも存在する神様なのです。めまぐるしく移ろう季節の変化と繊細な気候風土により、世界にも稀にみる豊かな植物生態を成した日本列島に暮らした古代の民たちは、枯れても枯れても吹上げてくる春寒の新芽のエネルギーの凄さを畏敬の念で見守っていたに違いありません。また、全てを無にしようとする冬の枯れ(カレ)の季節から、枝が腫れ(ハレ)、新芽が吹き出す瞬間に節分(ケガレ鬼を祓い)立春(春立つ季節)を迎え、今年も苦しい冬を乗り越えられた事に、毎年心から安堵したことでしょう。

   大丈夫ですかね。。理解できますか。。。?w(^^;)


 そして続きます。


 この時期に各地の神社では祈年祭(きねんさい、としごいのまつり)が行われます。これは稲籾(いなもみ)を神前に奉り生成の力を授かる儀式にあたります。「年」とは時間の解釈が強い現代ですが、本来は稲の事を指す言葉です。(年貢などもそれです)それがいつしか稲作の周期で時間を理解する日本では、「年」を時間の単位として扱う様になったのです。その一年の始め、立春後の始まりの祭りが祈年祭です。ムスヒノカミがあちこちで躍動するこの時期。自然に身を委ね寄り添ってきた日本人の強く透きとおった精神文化は今も脈々と続いています。

 と、まあ長々淡々と書き綴りましたが、とかく2月の千葉近郊は寒いし花粉は飛び始めるし、と春や秋の穏やかな季節だけを愛でることになりがちですが、そうではない。日本の成り立ちをしっかり理解していればもっと植物や庭のこと、楽しく豊かに感じてもらえるのではないかと思ったりしているのです。

  そして前回のブログの冒頭の一句

  花をのみ 待つらん人に 山里の 雪間の草の 春を見せばや

  に戻るのです


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                      誰に見向きもされずに

                      咲き誇っていたツバキ

                      1枝拝借し部屋に飾る

                      福娘という品種だった

                      ピタリな名だと思った

雪間の草

2019/02/10


      花をのみ 待つらん人に 山里の 雪間の草の 春をみせばや

 千利休の侘びを表現した句です。

 関東でもようやく雪が降りました。各種交通機関を利用している方々にとってはヒヤヒヤしたかもしれませんが、私たち植木屋は前日にしっかりと養生してしまえば当日はゆっくり家で雪を眺めている、なんて状態だったりしています。私はといいますと、ちょうど茶の湯の稽古日でしたので朝から雪の中を千葉市美浜区のお稽古場に。新聞紙で包まれた2枝のツバキを抱えて。

 途中、和装に着替えるため稽古場近くの実家に寄るその道すがら、小さな公園を通り過ぎる。小さい頃よく遊んだ公園。今では遊具も何もなくなってしまった公園に静かに雪が降っている。私が4歳の時、従兄弟たちとこの公園で遊んでいる光景を当時の8ミリで撮った映像が残っていて、先日ちょうど両親、親戚の叔父、叔母、私のパートナーと懐かしく見ていたところで、目の前の公園の景色に幼い私の映像が重なりしばらく立ち留ってしまう。マイペースで健気に遊んでいる姿。従兄弟の兄貴たちに可愛がられている姿。。そして私の息子も今同じ4歳。未だ言葉をうまく使えない息子には、少し遅れている部分もあるけれど平和主義のマイペースは実のところ私に似たのかもしれなかった。他の子と比べても明らかに言葉の遅れが見え始めた時期から、息子が急に流暢に会話をし始める夢を何度も見た。嬉しくて涙がつたっている自分に気づき目が覚めるのだった。母親の献身的な努力、そしてなにより本人の成長しようという意志から近ごろようやく少しずつ会話が生まれ始めている様子に私は只ただ一喜一憂で、それも彼がくれた最高のプレゼントに違いなかった。
 サラサラと舞落ち続ける雪の粒にふと我に返り再び歩き始める。雪の中の静寂がとても非現実的で頭の中の半分がいつまでも古い幼い記憶と息子との楽しかった記憶とを彷徨っていた。
 実家に着き鍵を開ける。両親ともに小淵沢の終の住処に行っていて留守である。2階の着物箪笥を物色し、栗色の牛首紬のアンサンブルに松葉色の袴を合わせてみる。私が茶道の稽古に通い始めた時期、母は少し興奮気味に私を紬の反物屋に連れて行ってくれた。そこでこのアンサンブルと袴を仕立ててくれたのだった。帯は博多織の上品な鼠色。主人が生前使用していたものだけど良かったら使って、とパートナーのお母様がくださったもの。締めるとグッと身体と一体になるような上質な感覚がある。これらを身に纏うだけでも、私は1人ではない、と皆々に支えられて生きていることに感謝が沸き滔々と全身を流れてくるのだった。
 実家から歩いて3分ほどのお稽古場の門戸前の歩道には他の生徒さんたちの歩いた跡も判らないくらいの雪が重なり積もっている。今日私は1時間ほどの遅刻なのである。玄関を抜け水屋を通ると、奥の茶室内の賑やかな暖かい空気が伝わりホッとする。身支度を整え膝をずって茶室に入りご挨拶。そして前日に仕事場で拝借したツバキの蕾み2枝「初嵐」と「おとめ椿」を持ってきた旨を先生に伝えると大いに喜んで床の間の花入れのツバキと入れ替えてくださった。姉弟子に、これからお薄を点てますからどうぞ召し上がって、と促され早速連客の座に腰をおろすと、雪見障子越しに白銀の露地庭が伺える。いただいた一服のお茶。今日の道中のすべてが凝縮されたような一杯。床には一幅の軸「一期一会」が掛けられていて、その下の花器には初嵐の美味しそうにぽってりとした蕾から、覗けば少しの黄色い花糸を見せている。来て良かった。それは今まで生きてきて良かったという甚だ大げさな表現さえ思わせるくらいのものだった。出された主菓子はきんとん製で「雪間」という銘が付いていた。

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       和やかで取り留めのない会話は続き

       雪の合間に休みをとった植木屋には

       一期一会の贅沢な時間となりました


2019正月(ぎりぎり。。)

2019/01/30


  大寒の折 いかがお過ごしでしょう

  かなり遅くなってしまいましたが2019年も何卒よろしくお願いを申し上げます


 パソコンの環境設定??そこらへんがウマく出来ていなかったために施工例やブログの更新がしばらくできなくなっておりました。。その間にいろいろと生身の私の環境設定も変わっておりまして、、今は市川市に在住しております。外環道が市川まで貫通し東葛地区や埼玉県へのアクセスがとても良くなったこの地で根を張ることで自身の生活がどう変化していくものか。家賃もかなり、、、なもので四十路に入ってのチャレンジの1つでもあります。

 冬になり夜明け前に起床すると南東側の窓には日の出前の恭(うやうや)しくも感じる空の何ともいえない色。そして日の出時刻にきっちり顔を出す太陽に毎朝手を合わせることが日々の日課になりました。
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              正月のこの時期の太陽は一年で最も遅く昇ります

              そしてようやく上がってきた日の その丸は赤々と

              燃えていて 私たちの身体に霊力を注いでくれます

              私たちの身体が熱を持っているのは 太陽の霊力を

              分け与えられたからだ と古代人は考えていました

              それが本当だ と思える良い部屋に住めている事に

 
                      とても感謝しています


 気分で何となく作ってみたダイニングテーブルはとても使いやすく評判もよくシリーズ化していければなんて考えていたり。。。テレビ台も兼ねたリビングの棚には神棚も設けてご神札を祀っています。
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                        今年もただひたすらの努力 前進あるのみです
                        皆さまもどうか佳き春をお迎えくださいませ
                        祈りのなかで すべてがうまくいきますように

                                   庭蝉 西田金太郎


                       



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